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◆ 病むアメリカ、滅びゆく西洋 ◇ 監訳者解説・宮崎哲弥 [  ❒ 病むアメリカ、滅びゆく西洋]


BIFFY CLYRO ~ Animal Style



パトリック・J・ブキャナン著
宮崎哲弥監訳

病むアメリカ、滅びゆく西洋
2002年12月5日 成甲書房


監訳者解説 宮崎哲弥


本書は、パトリック・J・ブキャナンのThe DEATH of the WEST How Dying Populations and Immigrant Imperil Our Country and Civilization』の全訳である。



この本の監訳の仕事を引き受けることを決めたとき、私の周囲の人々は困惑を隠さなかった。



とりわけ強い反応を示したのはアメリカの友人知人たちで、一様に「そんな本を出すのに協力すると色眼鏡でみられるぞ」とか、「誤解されるからやめた方がいい」などと忠告をくれた。

私が親しくしているアメリカ人リベラル派の民主党支持者が多く、彼等の「パット・ブキャナン」という名前に対する拒否感は格別とみえた。

彼らの口吻には、アメリカの恥部を知らせないで欲しいといった含みが洩れ出ていた。



日本の政治学者、ジャーナリストたちからもいい顔をされなかった。

「なんであんなアメリカの極右政治家の本をわざわざ紹介する必要があるのか」と彼等は異口同音に諌止の構えを取った。

「重要な仕事」 と勧めてくださったのは、スタンフォード大学フーヴァー研究所研究員の片岡鉄哉氏だけである。



私はかねてから抱いていた疑団が氷解したような気がした。



なぜこの国では、アメリカのリベラルから穏健な保守までの言説はさかんに紹介され翻訳されるのに、真性の保守主義者の著作は日本語に訳されないのか。

私はずっと不思議で仕方がなかった。



例えばアイン・ランド(Ayn Rand)という1982年に物故した作家、思想家の名前を知っている日本人がどれくらいいるだろうか。

大多数の人々にとってはじめて耳にする名だろう。



しかしほとんどのアメリカ人がこの名を知っている。

ランドの小説への好悪、その思想への賛否は別として、彼女がどんな人物かをまったく知らないアメリカ人に出会うことは難しい。



ランドの代表作、『水源』 The Fountainhead (1943年、ゲーリー・クーパー主演『摩天楼』の原作である) や『肩を竦めたアトラス』 Atlas Shrugged (1957年)は驚異的な売り上げを記録したベストセラーであり、アメリカ人に広く読まれている。

また彼女は Objectivism 運動という政治カルトの指導的役割を果たした。

ちなみにアラン・グリーンスパン連峰準備制度理事会議長はこのカルトの熱心な信奉者だった。



はっきりいって私は、非現実的な功利主義、肥大した自意識に基づく個人主義、極端な市場原理主義を全身全霊で肯定するランドの小説、思想に少しも共感できない。



にも拘わらず、ランドの著作が訳されないこの国の翻訳事情には強い違和を覚える。

本体の翻訳がないのに、それを批判する訳書(例えばマイクル・シャーマー『なぜ人はニセ科学を信じるのか』早川書房、ケネス・ラックス『アダム・スミスの誤算』草思社など)だけは存在するという現状は明らかに間違っている

(ちなみに『水源』と『肩を竦めたアトラス』は現在、翻訳が進行中とのこと。山形浩生氏の教示による)。

反リベラルや反グローバリズムを標榜する右派の書物は、それがアメリカでどんなに広範な支持を得ていたとしても、一般の日本人の視界に入ることはない。

ジャーナリズムによっても紹介されない。

原著を読まない日本の読者が触れ得るのは、温和でリベラルな見解、あるいはマイナーな文化左翼(例えばチョムスキーやサイード、ソンタグのような)による 「批判的」 論考ばかりである。

研究者や翻訳家、出版社によるリベラルに偏向したスクリーニングが日本人のアメリカ像を著しく歪めている。



本書の訳出もこのスクリーニングによって日の目をみないところであった。

本書の原著は、2002年1月刊行直後から各種メディアの話題を攫い、3カ月で数十万部に上るベストセラーとなった。

ところが、原著の版権を得た日本の某大手出版社は内容が不穏当であるとして、翻訳を断念したのである。



ブキャナンの立場は明快である。

西洋文化はいまや衰亡の危機に瀕している。

欧米先進諸国における出生率のカラストロフィックな落ち込み、急激な高齢化と移民の増加によって、この数世紀、世界秩序を構成してきた西洋主導の国民国家システムは崩壊する。

なんとなれば、人口減少と文化混淆の激浪が、いままで国を国たらしめてきた文化的アイデンティティを粉々に打ち砕き、攫ってしまうからだ。

彼の予測が正しければ、2050年には西洋文明は死滅することになる。



返す力で、ブキャナンはこのような状況を招来した左派、リベラル派陣営とそのカルチュラルなシンパサイザーを徹底的に批判する。

具体的に俎上に上げられるのはフェミニストであり、フランクフルト学派であり、環境保護派であり、多文化主義者であり、性的リベラリストであり、トム・ウルフに「ラディカル・シック」と揶揄された「先端」好みの名士連中である。



ブキャナンの批判の論法には、時としてアメリカの右派の論説にありがちな大仰な決まり文句や型に嵌ったモラリズムが顔を出し、そういう点は退屈で陳腐な印象を受けるが、巧まざるレトリックと的を得た引用は、上質の教養人の片鱗を窺わせる。

実際彼は、ガルプレイスやアーサー・シュレジンジャー Jr やウォーカー・パーシーといった、どちらかといえばリベラル陣営に属する人物の論著や現代文学までも引いて、自説を補強している。



全体を見渡せば、宗教的にはキリスト教至上主義、民族的には白人優越主義の思想的体質が透けてみえる。

だが日本だけは、クリスチャンも白人も到底多数派を占めているとはいえないのに、どういうわけか没落する西洋の仲間に組み入れられている。

この融通無碍さに、ブキャナンの思想の意外な柔靭性を読み取るか、所詮、ご都合主義の政見表明に過ぎないことの証左を見出すかは、読者諸賢の判断に委ねよう。



著者、パトリック・J・ブキャナンは1938年にワシントン D.C. に生まれ、ジョージタウン大学、コロンビア大学大学院を経て、23歳のときにセントルイス・グローブ紙の最年少論説委員となった。

1966年、ニクソンの政策スタッフに転じ、リアルポリティックスの世界に本格的に踏み込む。

ニクソン、レーガンの両共和党大統領の下で、外交政策のスピーチ・ライターとして活躍し、1992年、共和党最右翼の大統領候補として名乗りを上げた。

また NBC や CNN の討論番組のコメンテータ、パネリストとしても知られている。

本書以外の主要論著は
『帝国ではなく共和国として』A Republic, Not an Empire: REclaiming America's Destiny (1999年)、
『生まれながらの右派』Right from the Beginning (1988年)
で、いずれもベストセラーとなっているが、もちろん日本語訳はない。



ブキャナンは、国内的には価値観や民族の多様化に寛容ではない極右ではあるが、他方、対外的には他国への介入干渉を極力排する、アイソレーショニズム (孤立主義) に立つ。

従ってグローバリズムに基づいて、「世界の警察官」をもって任じ、単極支配構造の確立を目指すアメリカの軍事介入に徹底して反対なのである。



ここらが右派=軍事的覇権主義という短絡に馴染んだ日本人にはわかりづらいところかも知れない(アメリカのアクチュアルな政治思想の手引き書として福島隆彦『世界覇権国アメリカを動かす政治家と知識人たち』講談社プラスα 文庫を参照されたい)。



ブキャナンの行論に、そこはかとなく感じ取れる独特のディーセントさは、宗教的敬虔に発するとともに、こうした政治的謙抑性にも発していると思われる。



私は彼の国内政策をめぐるほとんどの議論に賛同しない。

同意はできないが、しかし、どこか強く引かれる魅力があることも事実だ。

少なくともアメリカの、少なからぬ国民の胸に響く内容であることは間違いない。



本書の出版を皮切りに、アメリカの 「本音」 を反映した著作や論文が、より多く、より良質の日本語で紹介されるようになることを願ってやまない。

英米系の政治哲学の、在野の研究者として。



監訳者としての私の作業は、原著と下訳を突き合わせ、細かな表現や用語をチェックしただけである。

実際に訳出を担当されたのは須藤昌子氏である。

ここに謝意を表す。

また成甲書房の田中亮介氏の慧眼と熱情がなければ、この訳業は成立しなかったことを最後に書き留めておく。



宮崎哲弥

1962年福岡県生まれ。評論家。慶應義塾大学社会学科卒、同大学法律学科中退。『ビジネスマンのための新・教養講座』(洋泉社)、『正義の見方』(新潮文庫)、『憂国の方程式』(PHP 研究所)、ほか著書多数。




目 次
(hawkmoon269.blog.so-net.ne.jp/2016-08-15 )

日本版まえがき
序として
第一章 西洋の遺言
第二章 子供たちはどこへ消えた?
第三章 改革要項
第四章 セラピー大国はこうして生まれた
第五章 大量移民が西洋屋敷に住む日
第六章 国土回復運動 (レコンキスタ)
第七章 新たな歴史を書き込め
第八章 非キリスト教化されるアメリカ
第九章 怯える多数派
第十章 分断された国家
著者あとがき
監訳者解説



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