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◆ 第3章 (2) 韓国での俳外体験 [  ❒ 新しい神の国(古田博司著)]


BLACK SABBATH ~ Changes (1972)



古田博司著新しい神の国

第3章 贖罪大国日本の崩壊


2. 韓国での排外体験


筆者が愛国心というものに目覚めたのは、1980年からの 6年間、韓国で青春期の後半を過ごしたときのことであった。

全斗煥大統領の第五共和国という時代で、韓国は資本主義経済で大いに発展を遂げるとともに、国民の統合を高めるためにかなり意図的なナショナリズムが喧伝されていた。


韓国のみではなく、北朝鮮も中国もそうなのだが、いわゆる「中華文明」という地域では、社会構造が宗族(そうぞく=男子単系血族)の細胞の寄せ集めからなっており、一族エゴイズムがあまりにひどく、国民統合が難しいという特徴がある。

中国の孫文はかつてそのような社会を砂のようだといい、「散砂社会」と呼んでいた。

宗族の一粒一粒が砂のようで、なかなか国族になれないというのである。


この地域の人々とつきあうとやがて分かるのだが、彼らは究極的には一族の繁栄しか考えておらず、いくつかの族で権益を独占して、這い上がってくる者をみな蹴飛ばすのである。

このような伝統社会では、独裁が政治形態としてはよりふさわしく、ほうっておけば時代は近現代でも出て来るものは金父子 “朝鮮王朝” とか、中国の共産党独裁政権になってしまう。


つまりばらばら度がひどいので、凝固剤もそれなりに強力でなければならず、だいたい選ばれるものは決まって「反日」になる。

そして、それぞれの宗族のもつ排外心が束になり、「反日」に撚(よ)り集まって出てるのである。


このようなナショナリズムの中で生きていると、本当に毎日が不愉快であり、この不快さは学歴の高い者に対するときほどひどくなる。

なぜならば反日は 彼らの学校教育の成果であるから、教えられる期間が長いほど敵愾心(てきがいしん)が苛烈になるという道理である。

私は韓国国費奨学生だったので大学院へ行くと、日本より数倍レベルの低い授業をしている。

こちらの方が先進なのだから当り前の話であり、まったく勉強にはならなかった。

それどころか日本人というだけで頭から悪者あつかいにする教授や学生がいて、喧嘩を吹きかけてくる。

うっとうしいこと限りないのである。


関川夏央が、「韓国の愛国心は『よそ者嫌い』といいかえた方がいいのではないか」
  (「特集 私と愛国心」 『論座』 朝日新聞社、2006年7月号)
と、実に端的に指摘しているが、そもそもこの国には韓国のために尽くした外国人を抹殺するという悪い性癖がる。


朝鮮語の辞書を初めて作ってくれた英国人ゲールなどは、教科書に一行の解説もないし、中世朝鮮語を解読してくれた前間恭作の『龍飛故語箋(りゅうひこごせん)』など記憶の底の方に埋め伏され、数倍劣った韓国人学者の解説本が解読書として流布されている始末である。


筆者は韓国人のこのような偏頗(へんぱ)な態度を見るにつけ、「嗚呼、日本人で良かったな」と素直に思ったものである。

だが、そんな心はすぐに見透かされる。

ある時、ある韓国人から
「日本と韓国とどちらが好きなんですか」
と詰せられ、日本と正直に応えたところ、
「ではなぜ韓国に住んでいるのですか」
と畳みかけられた。

以来、私は絶対日本に帰ろうと思ったのである。


そして帰国を果たした後に、滞韓中に生まれた息子が大きくなり、
「ねえ、父さん。日本人で反日の人って、なんで日本がいやなのに日本に住んでいるの?」
と聞かれ、「いやまったくそうだね」 と強く相槌を打ったのだった。


これが私の愛国心の源である。




新しい神の国 ☆ もくじ
(hawkmoon269.blog.ss-blog.jp/2019-11-11-1 )

第3章 贖罪大国日本の崩壊

1.戦後日本の愛国しない心
2.韓国での排外体験
3.愛国心とナショナリズム
4.贖罪の宣伝戦
5.倫理の高みにのぼった中共
6.軍民二分論の破綻
7.韓国人の中国人評
8.朝鮮への贖罪工作
9.良心的知識人たちの善意
10.贖罪大国の崩壊



文明の衝突
日本は東アジアの一員じゃない


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